大晦日につく除夜の鐘~仏教の言葉とともに~

本日は、大晦日。みなさんは、紅白を見ているのでしょうか。格闘技を観戦しているのでしょうか。はたまた、お尻をシバかれるあれをみているのでしょうか。

大晦日と言えば、全国のお寺で夜更けに鐘をつく『除夜の鐘』

初詣は神社に行く方が多いので、混乱しがちですが、除夜の鐘はお寺。つまり仏教のしきたりとなります。

除夜の鐘をつく理由は、人の心にある煩悩を祓うためと言われています。
仏教では、人には108の煩悩(=ぼんのう)があると考えられてきました。その煩悩を祓うためにつく除夜の鐘の回数は108回とされています。

また、一年の十二ヶ月、二十四節と七十二候を合計した数だとも言われています。

また、四苦八苦という仏教用語に基づく説が俗説として伝えられることもあります。

四苦=4×9=36 八苦=8×9=72 36+72=108という俗説

ちなみに、苦とは、『苦しみ』のことではなく『思うようにならない』ことを意味します。

煩悩とは『心を惑わし、身を悩ませる』ものを言い、鐘をつくことでこれらの煩悩を1つ1つ取り除いて、清らかな心でを新年を迎えようと言うわけです。

また、108回のうち最後の1回は年が明けてから突きます。これは、今年1年煩悩に惑わされないように、という意味が込められているそうです。

本来は、日頃から仏教の修行を積むことにより心の乱れを取り除き、悩みや苦しみや迷いから解放されて人間として理想的な状態になると考えられています。

しかし、『除夜の鐘』には、厳しい修行を積んでいない私たちにも心の乱れや汚れを祓う力があるという信仰があり、儀式となって今でも続いているそうです。

だから、普通の日ではなく、除夜、つまり大晦日に鐘を打つのです。

そういう訳で、大晦日は一年のしめくくりにあたる大切な日です。

午前中に家の大掃除をすませ、ゆとりをもって新年を迎える準備をしたいものです。

かつては下着から足袋や下駄まで、お正月にはすべて新しいものに取り替えていました。旧年中の垢をはらい、気分も一新して新しい年への意欲をかきたてました。

 

できることなら家族が集まって食事をしながら一年の反省をしたいものですね。

それでは、みなさま良いお年を!!

 

 

 

お葬式の後から始まっているアフター営業の秘密と対応策~その2~

前回の続きです。

お葬式の後、仏壇屋さんや四十九日にのギフト屋さん、石材店さん各種パンフレットが届いたり、電話営業がかかってくるという話です。

前回のように、気の良いお客様なら何もなく済んでしまいますが、『なんで勝手に個人情報を教えてしまうのですか??』とお怒りになられてお電話してくる方もいらっしゃいます。どんなに正論を言っても『信用できない』と言われるのがオチです。

私が以前勤めていた会社では、お葬式の打合せの時点で、『お葬式後に営業の電話がかかってくる可能性がございますが、個人情報保護の観点から当社では一切、情報を漏らすようなことはしておりません』という書類に捺印してもらってました。

それでも、『なんで勝手に個人情報を教えてしまうのですか??』とお怒りになるお客様もいらっしゃいましたが、大きなトラブルはなくなりました。

では、どうしてお葬式の情報は、仏壇屋さんや四十九日にのギフト屋さん、石材店さんなどに漏れてしまうのでしょうか??

これは、私の上司に聞いた話ですが、比較的大きな役所はアウトソーシングで業務を行うことがあり、死亡届などの戸籍関係の入力を企業にお願いしていたのなら、そういうところから漏れている可能性があるそうです。にわかに信じがたいのですが・・・。

これは、自分の目ではっきり見たので言える情報ですが、お通夜の準備を終えお葬式の式場入口に故人名の入った看板を設置していると、知らないおじさんが看板の名前を一生懸命書き写しているではありませんか。おそらく、ずいぶん昔の電話帳で名前を調べて連絡するのだと思います。(今の電話帳だとあまり載せていない可能性が高いので)

また、夕方16時くらいにお香典袋だけ持ってきて、『親戚の者だけど、式には参列できないのでこれを渡しておいて欲しい』と言って、帰ってしまいます。実は、お香典返しの中には会葬礼状が入っており、そこには喪主の住所が書かれているのです。

最近は空き巣対策で、張らないように説明するのですが、『忌中』の張り紙を玄関先に貼っているとそれだけでバレテしまいます。

正直、営業マンなので、あの手この手で獲得に努めると思います。しかし、遺された家族がお疲れになるほど、ひっきりなしに電話攻撃やパンフレット攻撃だと気が滅入ってしまいます。

せめて、離れて暮らす親の為に、知らない番号から着信は許可しない設定にしてあげるなどの配慮は必要ではないかと思います。

 

お葬式の後から始まっているアフター営業の秘密と対応策~その1~

お葬式の後に、ご遺族さまのご自宅にお伺いする事が多々ございます。

様々なケースがありますが、私が葬儀社に入社したころは、お伺いするたびに遺された方が、お疲れになっている事が多く、特に、お子様と離れて暮らしているお客様がお疲れになられていたように思います。

そんな時に、お困りになっている事を聞いてみると、『お葬式後にしなければならない手続きについてどのように進めていいのかわからない』と言われる事がございました。

それと、同じくらい多い回答として『営業の電話や宅配がひっきりなしで困る』と答えられる方もたくさんおりました。

いたるところから営業の電話がかかってきたり、パンフレットが郵送されてきて、片づけるのも一苦労と本当にお疲れ顔でした。

その後、お客様たちはある事に気づくのです。

『仏壇やさんや石材店などは、どうやって我が家でお葬式があったことを知ったんだろう??』

お客様は、電話がひっきりなしでかかってくるのである質問をしてしまうのです。

『どこで、我が家でお葬式があった事を知ったんですか??』と問われると営業マンも百戦錬磨なので慌てるそぶりもございません。

『葬儀屋さんから紹介されまして』や『担当者様からご相談にのって欲しいと言われまして』などとお客様にお答えします。

ここからは、オレオレ詐欺的ではありますが、気の良いお客様だと『そうですか。〇〇さんによろしくお伝えください。』と言って、いとも簡単に担当者や葬儀社名をゲットするのです。

そんな電話がかかってきた時は、オレオレ詐欺と同じで、まずは、電話口の方に、お葬式の担当者の名前を聞いてみましょう。鈴木さんや、佐藤さんでない限り、簡単には当たらないと思いますが、さらに思い切って下の名前も聞いてみましょう。

だいたいの答えは『下の名前までは・・・』と口ごもると思います。

また、送られてきたパンフやネットで仏壇や霊園墓地などを選ぶのは危険です。やはり実物を見て購入した方がいいと思います。

その理由は、価格以外のお墓参りのしやすさや家族構成等でも変わってきます。

山の中の霊園でのちにお参りに行きづらくなったり、子供がいない夫婦なのに立派な墓石を建てても継承者が居ないのですぐに必要なくなってしまいます。

仏壇や霊園墓地の購入に関しては、正直どんなに年齢を重ねていても、『はじめてのおつかい』状態です。私で良ければアドバイスはさせていただきます。

 

次回は、葬式の後から始まっているアフター営業の秘密と対応策~その2~何故、我が家の事を教えてしまったの??とお怒り気味で電話してくるお客様の話です。

 

 

 

 

 

お坊さんを見た中学生が思うことは??

私は、お坊さんとの接点を考えると、お葬式の業界にいなければ接点なんて持てずに、過ごしていたに違いありません。

ましてや、お坊さんと食事をするなんて考えもしませんでした。

しかし、今となってはお坊さんと会食することもしばしばございます。

どうしても、葬儀社の人間とお坊さんがお話をすると、何だか悪だくみをしているのではないかと勘繰られますが、私は勉強のためにご一緒させてもらっていると考えております。

葬儀社の人間とお坊さんがお話ししていると、すぐに癒着だなんだと騒ぎ立てるようなメディアがありますが、勉強したり、意見交換をしたりしている葬儀社がいるということを知ってほしいです。

そんなある日、私は勉強熱心なとあるご住職から食事のお誘いをいただきました。

このご住職は、自分のお父様が先代のご住職でありますので、よそのお寺でご修行された後にご住職になられたそうです。

大概、親がお坊さんであるならば、子供のころから何不自由なく過ごしたであろうお坊さんをお見受けいたしますが、このご住職は、そんなところが一切ないので、安心してお話しするようになりました。

住職は唯一の趣味が車です。先代の住職に『いい車に乗るといろいろ言われるからやめとけ』と注意を受けたらしいのですが、自分の夢なので車に関しては目をつぶってほしいと、お父様である先代の住職に言っていたそうです。

待ち合わせは、駅から歩いて2~3分のところに駐車場のあるコンビニがあり、そこを待ち合わせ場所に指定することが多く、そこから車で食事に向かいます。

その日も例のコンビニで待ち合わせていると、喫煙所付近に中学生だと思われる若者が集まって大声で話をしていました。

どうやら、他校の生徒と喧嘩をして勝った話をして盛り上がっているようでした。

『ちょっと脅かしたらよぉ~すぐに逃げていきやがってよぉ~俺だったらぜってぇ~逃げねぇけどな!!』と相手がどんなに怖くても逃げないと豪語していた中学生に思いもよらない出来事が起きてしまいます。

黒塗りのピカピカのレクサスがとまり、中からスキンヘッドでハイネックセーターを着た男性が出てまいりました。私もすかさず大声で『お疲れさまでございます。』とご挨拶すると、中学生は何故か走って逃げてしまいました。

中学生はもちろん、お寺さんと食事する機会なんてないと思います。でも、中学生たちは本当にご住職だと思ったのでしょうか?どうやらこの辺りから直さないと悪だくみと思われるのかもしれませんね。

 

 

『私は葬儀に詳しい』という身内が、葬儀屋さんの話を聞かなかった話

ごくまれに、葬儀屋さんに対して『私は葬儀に詳しい』と真顔で言ってくる素人さんがいます。

そんな方が身内に居ると何かとその方の思い違いに振り回されることがあります。

一番多く発生するのは、お通夜料理の数量での思い違いです。

打合せをしている中で、会葬者の予想が一番難しいのですが、一番の腕の見せ所と言っても過言ではありません。

最近では、家族葬が主流となり、会葬者の予想って何??という若い葬儀屋さんも数多くいると思います。また、しきたり的に通夜にお料理を振る舞うことがない地方もあります。

亡くなれらた故人に最後のご挨拶をしたいというご会葬者に対して、声にだして感謝の気持ちを伝えることができなくなった故人の代わりに、感謝の意をこめてお通夜料理を振る舞うのですが、どうしても会葬者が予想できないので、少し多めにご用意してもらいます。

『あまるくらいでちょうどいいと思いますよ』なんて葬儀屋さんが言おうものなら、

『ちょっと待って、ちょっと待って、お義母さ~ん』みたいな感じで、娘婿あたりが出てきて『私は葬儀に詳しいんですが、こんなに料理を用意する必要ないですよ。』と言ってくることがあります。

そして、料理の数量を減らしてしまうのです。

急な追加ができないですよ。おそらく足りないですよ。足りないと寂しくなってしまいますよ。

娘婿の発言のあとは、いくら言っても覆りません。そう言って売り上げを釣り上げようとしているだけとしか見られなくなります。結果、おそらく料理が足りないであろう状態で通夜が始まってしまいます。

お坊さんの木魚の音とともに、思いのほかたくさん来ている会葬者をみて『お料理たりますか?』と喪主様から聞かれますが、『急な追加は難しいので、ある料理をうまく配膳します』以外言いようがないのです。

当の本人は、8.6秒のように消えてしまいますが、そんな事どうでもいいのです。

何度も言います。

ご両親のお葬式の際には、亡くなられた故人に対して最後のお別れを言いに来ている会葬者がいるのです。その時亡くなられた方は、言葉を発することができないので、お料理を振る舞うことで感謝の意を表現するのです。

料理が足りないのは、感謝の気持ちを表現できずにお葬式が終わる事になります。

お葬式は、故人が最後の感謝を伝える場だと思っていただくとありがたいですし、葬儀屋さんはそのように伝えてほしいのです。

 

 

葬儀屋さんが困ってしまう『普通は・・・こうですよね?』~北海道編~

お葬式の現場では、日々、たくさんのご質問を承ります。最近は、テレビでもお葬式についての話題を放送する時代となりました。

しかしながら、テレビ局と葬儀社では求めるものが違います。テレビ局は視聴率が欲しい。そして、スポンサー契約が欲しい。

その為『おいおいおいおい!!なんでそんな事言っちゃうのかなぁ~』って事も放送される事が多々あります。

しかし、テレビ局の影響というのは本当に強いのです。

先日も電話がかかってきて『この前、お布施の相場が〇万円って聞いたんだけど??』

『どなたに聞いたのですか?』『〇〇テレビでやってた!!』

正解は、お坊さんによって、宗派によって、戒名の位によって、お寺への貢献度合いによって変わりますよ!!

優しく伝えても、『普通、テレビが嘘つくわけないじゃないの!!』という言い回しで返ってきます。または、『お布施の相場を教えてちょうだい!!』と言われることがあります。

お布施は、『お坊さんに支払うものなので、直接聞いてみたらいかがでしょうか?』と伝えますと『そんな事聞いていいんですか?普通、ご住職に聞きづらいわぁ~』と言われます。

良くテレビで、お坊さんと葬儀屋さんが結託して癒着をしていると言った内容で放送されることがありますが、葬儀屋さんはさすがにお坊さんのお布施の金額を正確には知りません。

例えるならば、AコンサルタントにB弁護士の費用を聞いても答えられないのと同じです。

でも、どうしても相場を教えてと言うのならば、『この辺りの』と必ず付け加えて教えています。

『この辺りの』と言う言葉を付け加えないと、お葬式は地方や町によってもかなり違いがございます。だから、『普通はこうですよね?』は一概にそうですと答えづらいのです。

 

例えば、北海道のしきたりとして、葬儀の受付で香典を出すと、目の前で香典袋をあけ、中身を確認します。そして『〇千円でよろしいですか?』と確認されたうえで、名前が記入された領収証が発行されるのです。

但し書きはもちろん『香典代として』。葬儀専用の領収証も売られているくらい、北海道では常識となっているしきたりとなっています。

だから、北海道の方が、北海道以外で葬儀をする時に『普通、領収書でますよね??』と言っても通じないのです。

みなさんも、お葬式は地方によってしきたりが違うという事を知っておいてくださいね。

 

葬儀屋さんのクリスマスの思い出

早いもので2015年も残すところあとわずかです。

葬儀業界は、この時期が一番大変でございます。12月から2月にかけてがいわゆる葬儀社の繁忙期となります。私は、この時期に、数多くのお葬式の担当をさせていただきました。

この時期になると思い出すお客様がいらっしゃいます。

その昔、魚屋さんのお母様がクリスマスの日に亡くなられてしまいました。

その魚屋さんは、飲食店に魚を配達していたらしく、年末は飲食店もかきいれ時であったり、おせちの材料などを作ったりで店を閉めるわけにはいかないので、お葬式は来年明けてからにしてくれとの事でした。

しかしながら、最短で10日以上は火葬を待たなければなりません。いくら寒い冬と言えど時間がたてば臓器から状態が悪くなってしまいます。

また、最近では暖房の影響で、冬の方が状態が悪くなると聞いたことがあります。

そういった事を考えたら、年内に火葬して年明けにお別れ会をしたらどうかと提案をいたしました。

喪主さんは、商売人になって教えていただいた事として、いただいたお仕事はどんな事があっても穴をあけるわけにはいかないという気持ちで仕事に臨んでいる事だそうです。

その精神は今回亡くなったお母様に学んだのだそうです。天国のお母様もさぞ喜ばれたのではないでしょうか。

年が明けてのお別れ会には、満面の笑みのお母様のお写真を、大好きだったユリの花がまわりを囲み喪主を務めた息子さんも喜んでおられました。

 

昔は、クリスマスや大晦日など、お医者さんも休みたいから亡くなる方が居ないなんて、ブラックなジョークを言う先輩もいましたが、私が葬儀社になってからは、ほとんどそんな事はなく、クリスマスケーキを当直部屋で食べたり、除夜の鐘を聞きながら病院に向かうなんて良くある話でした。

また、クリスマスの夜に病院に行くと、その日、夜勤となってしまった看護師さんが、いつもより1.7倍素敵な笑顔でお出迎えしてくれている錯覚をしておりました。これに関しては個人差もございますので、ご意見等はご遠慮ください。

 

 

 

 

 

介護離職者ゼロを目指す政府。私たちも親のことについて目を背けられない時代に突入しました。

先日、80歳の男が運転する乗用車にはねられ、若い命が失われたというニュースは記憶に新しいと思います。

男は『アクセルとブレーキを踏み間違えた』と供述していていると報道されました。

最近、この『アクセルとブレーキを踏み間違えた』というニュースが年々増えているように思います。しかも、ほとんどの運転手が高齢者です。

自分の老いというか衰えに気づかずに(または認めずに)運転を続けている高齢者が多いというお話を聞いたことがあります。

しかし、本当に深刻なのは、運転をせざるを得ない高齢者が増えていることだと思います。

公共の交通機関で病院に行ける方や若いご家族が運転してくれるのであれば問題ないのですが、例えば、配偶者が自家用車じゃないと移動できない、足が悪くて買い物に行くにも一苦労であるなど、特に地方都市であればあるほど車社会であるため、車がないと生活できない高齢者も多いのではないでしょうか。

政府は、介護離職者ゼロの実現に向けて、特別養護老人ホームなどの介護施設を増やすため、首都圏の国有地90ケ所を早ければ年内にも事業者に安く貸し出す方針だそうです。とても、素晴らしい政策であると思います。

 しかし、慢性的な人手不足に悩まされている介護業界なので、施設はたくさんできましたが、介護職で働く人員がいないので高齢者を受け入れられないという事も考えられます。

もっとシビアなのが、施設の入居金や月々の支払いなどを残していないので、年金だけでは賄えないなど、支払できずに入居できない可能性も考えられます。

色々な状況に対応できるようなサービスを考えないと、介護離職者ゼロは絵に描いた餅になりかねません。

ただ、政府だけでなく、40代から50代がもっとまじめに、介護離職者ゼロについて取り組まなければ、介護離職者はいつまでたってもゼロにならないどころか、明日は我が身と理解して欲しいのです。

ご家庭の事情によって問題点の差異はあると思いますが、年齢が高齢になってきたご両親がどのような生活しているかを知らないと、ご両親が本当に元気かどうかわからないのではないでしょうか。

 親だけがエンディングの勉強をやっても解決しません。子供も親のこと無関心ではいられない時代になったのだと思います。

そして、親と子がエンディングについての話し合いがあり、はじめて親孝行のきっかけとなると私は思います。

 

親指を隠せ!!霊柩車の話~宮型霊柩車について~

子供のころ、変な迷信をにわかに信じていてそれに左右されていたことって少なからずともありますよね?

私が幼少のころに過ごした田舎町では、『黄色のワーゲンを3台みたら願いが叶う』なんて言われてました。

しかし、『止まっている黄色のワーゲンを3台みたら悪いことが起きる』という事も言われてました。だから、近所の金持ちの同級生の家に遊びに行くと黄色のワーゲンが止まっているので遊びに行くのを躊躇した想い出でがあります。

迷信と言えば、霊柩車を見たら親指を隠さないと、親の死に目に会えないなど言われたことを思い出します。

まさか、数十年後、私が霊柩車を運転するなんて思いもよりませんでしたが・・・。

初めて霊柩車を運転したのは会社付近をぐるぐると走って練習しました。。隣には当時の上司が同席してもらい練習いたしました。

宮型と呼ばれる輿(こし)がのった霊柩車を運転したのですが、一番記憶に残っているが、

『ウインカーを出したら、自然と速度を緩めてくれるから大丈夫。安心して車線変更してごらん』と言って不安を取り除いてくれたことです。

今では洋型のバン型霊柩車が主流となり、宮型霊柩車はすっかり見かけなくなりました。

葬儀件数が年々増加するにつれて見慣れてきたのか、もしくは、昔の宮型霊柩車ほどバン型霊柩車はわかりやすいものではないので、ウインカーを出したら自然と速度を緩めてくれるようなこともなくなりました。

なぜ、宮型霊柩車は姿を消していっているのでしょうか。

理由は色々あると思いますが、火葬場が近隣の住民のことも考慮して宮型霊柩車を乗り入れ禁止にしている火葬場も少なくないからです。

また、少なからずとも芸能人の影響も少なからずとも関係すると思います。

美空ひばりさんや松田優作さんの時は宮型霊柩車でしたが、 X JAPANのhideさんの時ぐらいから洋型霊柩車が主流になりだしたように思います。

それまでは、洋型はキリスト教の霊柩車のように言われていたそうですが、昭和天皇が洋型霊柩車を使ったので日本人も『キリスト教じゃなくてもいいんだ?』ってなったのではないでしょうか。

 

もしも、霊柩車を見かけて、親指隠すくらいだったら、ご両親のこと思い出して電話でもしてあげてくださいね。もしかしたら、電話してあげてというサインかもしれませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のお葬式を自分でプロデュースしたおじいちゃんのお葬式⑧

前回の続きです。

お葬式の式中は、おじいちゃんの想いをくみ取り、実に堂々とお送りしていたと思います。

祭壇には、おじいちゃんの奥様が大好きだったお花『真っ赤なバラ』を祭壇に飾ってほしいとリクエストされておりました。

当時、菊以外のお花を祭壇に飾るのことは珍しく、また、派手な色のお花が祭壇に飾られることは、なかなかございませんでした。

おじいちゃんは、若かりしころの奥様との2ショット写真や新婚旅行の写真、5人で出かけた旅行の写真など家族との思い出を飾ってほしいとリクエストしておりました。

おじいちゃんは、若くして先立たれた奥様の葬儀の時は、金銭的に余裕が無く、しっかりと思うように送ってあげることができなかったことを悔やんでおりました。

だから、奥様の大好きな『真っ赤なバラ』を自分の葬儀の祭壇に飾る事を強く希望されておりました。

ご長男さまは、祭壇を気に入ってくださり、何度も写真に撮っておりました。

家族の写真を兄妹で何を飾るかを決めている時、思い出話に会話が止まらなかったと笑顔まで見せてくれました。

しかし、ご長男さまは、ご出棺のご挨拶の際に、こらえていた涙を流し、後悔の言葉を口にしだしました。

『父が、こんなにも家族想いだと気付かずに、また、父に面と向かって『ありがとう』言えることなく旅立ってしまいました。悔しいです。本当にありがとうございました。』

とても感動的なご出棺でした。

しかし、私は別のもどかしい感情も感じておりました。

亡き奥様のために『真っ赤なバラ』を飾るようにリクエストしたおじいちゃんも、

最後に面と向かって『ありがとう』を伝えられなかったご長男さまも、

なぜ人は、事が起きないと『ありがとう』や『愛している』を伝えられないのだろう。

葬儀の現場で目を閉じたままの亡き大切なひとに『ありがとう』や『愛している』を必死に伝える遺族の姿を何回も見てきました。

本当は、元気な時に『ありがとう』や『愛している』を聞きたいし、伝えたかったんだと思います。

 

今回、おじいちゃんのように、メッセージを残したり、エンディングノート書くということは、元気な時に『ありがとう』や『愛している』を伝えやすくする効果があると思います。

エンディングノートは名前のイメージが悪いのか『遺言書』のライト版のように考えられていることも多々ありますが、もっとハートフルなものだと思います。

 

エンディングノートを通じて、『ありがとう』や『愛している』を大切な方に伝えてみませんか?

エンディングノートが、親子のコミュニケーションツールになると考えるようになった、おじいちゃんのお葬式のお話でした。